二浪についての是非

  • カテゴリ:雑記
  • コメント:0件
  • トラックバック:0件
  • EDIT
■まず、はじめに

浪人について個人的見解をここでは述べたいと思います。あくまで、独断と偏見に満ちた可能性の高い意見であることを前提に呼んでいただければと思います。最終的に判断する責任は読者に任せます。と、言うと突き放したような感じがしますが、まあゆるーく読んでください。

二浪以上について語ります。

受験生にとって浪人が気がかりな問題となるのは、二浪以上からだと思われます。一浪の方は、就職など社会活動を行う上での負の影響はほとんどありませんので、心配する必要は皆無です。ここでは、二浪以上を議論の対象とします。年数にかかわらず、一年間受験勉強のプレッシャーや孤独に耐えながら試験に備えなくてはならないという、浪人すること自体のリスクは共通して存在しますが、それはまた別の機会で述べたいと思います。

■どうしても行きたい大学があるなら何浪してでも行け!

結論から言うと、僕はどうしても行きたい大学があるのなら、二浪でもなんでもしろ!と思います。このように述べると、暴論極まりないと思われるかもしれません。確かに、二浪で仮に最高峰の東大に合格したとしても、現役一浪組に比して、就職活動に若干振りになることは否定できない事実です。しかし、僕の考えとしては、就職活動の有利不利以上に、大学受験の結果がその人の自尊心に強く、そしてそれも悪い方向に影響し、それ以降の人生まで尾を引いてしまうことの方が問題だということです。ですから、二浪だろうが三浪だろうが、何浪してでも希望する大学へ行くべきだときっぱり断言したいと思います。逆に言えば、志望校に対する強烈な思いがない方、あるいは、一浪で挑戦してダメだった場合すっぱりあきらめることができるさわやかな性格の持ち主の方は、二浪せずに、滑り止めの大学へ進学するべきだと思います。今述べた人種のうち、自分はどういった部類に属するか、己の人間性と照らし合わせて二浪の決断をしましょう。もし、やっぱり悔しいけど二浪したら就職が危ないから、滑り止めに行こう、と自分の中で就職>志望校という図式が成り立ってしまう場合は、あきらめるべきでしょう。そもそも論として、僕が思うに、二浪をするぐらいの人は就職活動のことなど心配せずに突っ込むぐらいの気概を持っているべきです。ちなみに、僕は、仮面浪人などを除く純然たる二浪をできるほど、度量が大きくないので、二浪できる人の精神力に感服します。

■僕の身の回りの二浪生

ここからは個人的な話になりますが、僕の周りにも二浪している人がいました。総じて、いい意味でも悪い意味でも、浮世離れしていました。だからこそ、ストレートで入学したものから見ると、細かいことを気にせず特攻する姿勢をかっこよく思いました。ただ、若干計画性がないかなと思えなくないですが、別の見方をすれば、器のでかい人間と言えなくもありません。僕の周りにいた二浪生は、独自の個性を有していて、結構他人と異っており、必要以上に行動力のある人々といった印象を持っています。そして、そういった人たちは、自分なりの信念を持っているし、私が二歳違いでも、タメとして同じ目線で話を聞いてくれたあたり、人としての魅力を感じました。

具体的な大学名は控えますが、僕の周りはいずれも旧帝大早慶へ進学しています。中には志望校に落ちて早慶という人もいますが、二浪受験生の厳しい受験状況を見る限り、十分成功した部類に該当するでしょう。そして、気になる就職活動ですが、不況で厳しい中、いわゆる大手に内定しました。それも、かなりいいところにです。彼の話によると、必ず二浪のことについてつっこまれるが、むしろ、そこを熱く、自分はそのときどう感じたか語ったれたことが功を奏したそうです。ただ、惰性で二浪したのではない、と自分なりの意見を言えれば、就職活動に関して、二浪という経験は無駄になりません。そして、長い人生においても、二浪の経験がどこかで生きてくるにちがいありません。

■二浪という味わい深いひととき

もちろん、二浪にはリスクがあり、辛い側面は上げればキリがありません。なので、決断は最終的に個人にゆだねられますが、険しい道のりだからこそ、人生における深く濃い時間を経験できると僕は確信しています。




コメント

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。